供養というのは、のりとやお経をあげて成仏するように祈ることですが、小さな針にまで生命を感じて、迷わず土に還ってくれるよう供養するというのは、なんともうれしいことではないでしょうか。
こうした道具の供養は針だけでなく、筆とか、包丁とか、カンナとか、いろいろ大切な道具について行なうところもあるようです。
これは八百万神(やおよろずのかみ)といって、万物に神を見出し、すべてのものが神になるという、日本の伝統的な考え方に発しているといえます。
こうした考え方は、シャーマニズムといって、土俗的で、レベルの低い信仰形態だという人もありますが、神は一つしかないという一神教のほうがすぐれている、と考えるのもおかしいのではないでしょうか。
むしろ、万物に神を見て、すべてのものを大切にし、それが人間の生活に役立って、使用価値がなくなったとき、感謝をこめて祭り、供養するというほうが、ずっと精神的にすぐれているともいえるのです。
ここから物を大切にする心がけが生まれ、ムダ使いをせず、きちんと始末するしつけができてきます。
宗松潤一郎(インテリアプランナー)